私の父は割烹料理屋経営をしておりました。
物心ついたときから家の手伝いをしていた所謂、家族経営の店舗でした。
毎年約20件程のおせちの注文があり12月の30日は父のおせち作りを手伝うのが年末の恒例となっていました。
私は部活が終わってからなので16時頃から店に入りすべて終了するのが翌日4時といった労働基準法などなんのその、未成年の深夜12時間ぶっちぎり労働でした。
父の手伝いというのと料理に興味があったので特に苦ではありませんでしたが・・・
作業内容は子持ち鮎を煮詰めるのにひたすら煮汁をまんべんなくなくなるまでかけ続けたり1本のたくあんを100枚以上になるように切ったり盛り付け、洗い物、もちろん通常営業もしていたのでオーダー等未成年でバイト経験の無い私にとってはそれなりにハードだったのかと思います。
意外とそういった経験は成人してからも役立つもので調理関係のアルバイトではそれなりの知識と技術もあったので苦労はしませんでしたし、当時お小遣いをもらっていなかった私にとっては時給800円は魅力的で前向きにがんばれたと思っています。
そうこうしているうちに午前4時頃にすべての作業を終えて終了ではなくひるからそのまま配達へ同行します。
父の作るおせちは好評らしくお客さんも心待ちにしていたようで嬉しそうに受け取ってくれたのを嬉しく思ったのが今でも印象に強く残っています。
そうして配達が終わり18時頃にようやく家路につくわけですが肝心の我が家のおせちは30日に作ったおせちのあまりをタッパーに詰めたもの持ち帰るのが恒例でした。
ですので結婚して奥さんがおせちを買うまでまともに盛り付けされたおせちは食べたことがありませんでした。
ただ市販のキレイに盛り付けされたおせちよりも父と一緒に作ったおせちが私にとっては1番のおせちです。
そんな父も5年前に他界しあのおせちはもう食べることはできませんがきっと私のなかで色褪せること無くおせちの思い出は残り続けるかと思います。
あのおせちの味を再現させるとしたら料亭なだ万おせちといったところでしょうかね。